Starlinkに負けじと中国は今年1万3000基の衛星打ち上げを予定。
打ち上げ花火じゃないんだから、こんな陣取合戦を続けてたら、せっかくふさがりかけたオゾン層の穴がまた広がるぞ!と学会が声を大にして叫んでいます。
オゾン層は1987年のモントリオール議定書採択から各国が足並みをそろえてオゾン層破壊物質の排出と貿易を制限してきたおかげで南極上空のオゾンホールはだいぶふさがってきています。
2010年代には一進一退ありましたが、今年1月に国連が発表した最新報告では、2066年までに完全復旧する明るい見通しが示されたばかりです。

ただ、国連も念押ししているように、この見通しは明るい未来を保証するものではなくて、現実になるのはこれまでのがんばりを続けた場合の話であって、新旧さまざまな汚染物質を無軌道にまき散らしていけば、実現は何十年も先送りになってしまいます。
ジオエンジニアリングもオゾン層へのリスクが
たとえば、成層圏で二酸化硫黄(SO2)のエアロゾル粒子を散布すれば火山噴火の状況を再現できて地球を冷やせるということで注目されているジオエンジニアリング(気候操作)。
これもオゾン層を広げるリスクは大です。メキシコではこれをやろうとしたスタートアップもあったんですがメキシコ政府の手によって握りつぶされましたし、スウェーデンで実験しようとした米ハーバード大学も住民の反対にあって止めました(ハーバード上空でやれって話)が、これだけ温暖化が進むと、ちょっとでも目を離すとどっかのだれかがやってしまいそうで気が抜けません。
ロケット打ち上げもリスク
もうひとつ国連が懸念しているのが、ロケット打ち上げに潜むリスクです。「今のところ成層圏のオゾンへの影響は微々たるもの」(報告書)ですが、今後も無軌道に増えていけばバランスが崩れてしまうのは必至です。
どれだけ増えているのかというと、去年1年間でロケットは180回以上も打ち上げられ過去最高に達していますし、今年は中国も宇宙コンステレーション構築に動くので増えることはあっても当分減ることはなさそうです。
ロケット打ち上げによる排出がオゾン層破壊につながることは90年代初期から指摘されてきたことなのですが、これまでは排出量が無視できるレベルだったので特に問題にもならずにきました。
でも状況は変わりつつあります。研究、監視、宇宙開発も変わらなきゃならない。
と米Gizmodoの取材に答えてくれたのは、大気科学に詳しいニュージーランドのカンタベリー大学のLaura Revell准教授。大気の上層部に与える影響についてはほぼ監視も規制もない状況を前に、「問題を提起するのは、世界規模で打ち上げ数が拡大する前夜の今をおいてほかにない」と危機感を募らせています。
ロケット打ち上げ時に悪影響を及ぼす物質が排出
このほど研究員2人と共同で同准教授が論文数十件を精読してまとめた報告によれば、打ち上げで排出される物質のなかには化学反応と気温上昇をもたらしてオゾン層に悪影響をもたらす物質もあって、水蒸気や窒素酸化物、ブラックカーボン、アルミナ粒子、水素ガス、塩化水素などがこれに含まれるのだといいます。
しかもロケット打ち上げの排出は高高度で発生するのでオゾン層の90%が存在する成層圏を直撃。影響は深刻です(同じ煤粒子でもロケットから出ると飛行機の500倍環境に悪い。地表付近なら1~2週間で雨で地上に戻るのに、ロケットの汚染物質は2年も影響が長引くことが、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン、MIT、米海洋大気庁の共同研究で明らかになっている)。
学会では打ち上げ1回あたりの影響度調査に乗り出す動きも出てきましたが、まだまだ研究が立ち遅れている分野で、みな実測値より数理モデルをベースに論じている段階。よくわかっていないことも多いのだとRevell准教授はもどかしさを隠しません。
なにしろ実測値が限られていて、最新データも大概はプルームモデリングや燃焼計算からの推計が頼り。これだけ普及している液体燃料でさえ排出凝縮に関しては比較的粗末なモデリングで間に合わせている。
という報告書の文面にも研究班の憤りがにじむよう。
ロケット打ち上げ1回=車1,400台1年分
それでも、たまにはロケット打ち上げのデータに当たれることもあるんですが、そこから浮かび上がるのは厳しい現実です。
たとえば2016年にFalcon 9がタイの高速インターネット衛星タイコム6号を打ち上げたときの数値をモデル化した報告書では、打ち上げ1回で出たオゾン層破壊物質の窒素酸化物が車1,400台から出る1年分の排出量に匹敵することがわかっています。
それだけでも驚くのに、ロケット打ち上げに起因するオゾン層消失全体の総量も、従来の予測値の10倍と判明しているんですね(まともな調査が行なわれてこなかったことによるズレ)。
地球のいきものがこうして生きていられるのも、オゾン層が有害な紫外線B波(UVB)を吸収してくれるおかげだし、オゾン層がなかったら人は皮膚がん、白内障にかかって、気温は2.5℃(華氏4.5度)上昇して、穀物はみな枯れてしまいます。そんなに大事なオゾン層なのに…。
成層圏への影響を考えることが急務
もちろんロケット打ち上げが増えればオゾン層が減ると決まったわけではないし、解決策はきっとあるはず。准教授の報告書でも、サスティナブルな宇宙開発は可能との立ち位置から、ロケット会社と学会が共同で問題に取り組む道筋を提示していますし、これは早いに越したことはありません。
具体的には、打ち上げの調査とモニタリングを強化し、打ち上げによる排出量のデータを公開して、打ち上げの会社側も設計・テストの段階で成層圏への影響を考慮することが急務だとのこと。
論文主著者の同大宇宙物理学者のTyler Brownさん(同大宇宙物理学研究員)にもメールで取材してみたら、こんな風に答えてくれました。
これはこの世の終わりの予言とかじゃない。
未来なんていくらでも変えられるし変わる。
われわれの一番のゴールはサスティナブルなロケット産業をみんなに議論してもらうこと。啓蒙のみにとどまらず、きちんと今なすべきアクションを見据えた対話をもたらす契機になれば。