私のためのプレイリスト。私だけに向けたトーク。私だけのDJ。
今年2月、SpotifyがOpenAIの生成AIシステムを活用したAI DJ機能をリリースしました。
AI DJは、それぞれのユーザーに合わせたカスタムプレイリストをかけてくれるのはもちろん、好みの曲やアーティストの情報も話してくれます。まるで自分のためだけに運営されているラジオステーションのような機能。
現在はアメリカとカナダのプレミアムユーザーのみに公開されています。ある夜、そのAI DJを2時間ぶっ続けで聴いちゃった米GizmodoのThomas Germain記者。なかなか楽しい夜になったそうです。
以下、Germain記者がAI DJと過ごした夜の話。
平日の夜10時。いつも通りソファに寝転がってスマホを見ていた。
寝るとき用のBGMを探そうと、Spotifyのアプリを開くと今までになかった機能が。ブルーの背景に緑のサークルがポップアップ表示され、新機能「AI DJ」を試してみませんか?と利用を促された。
あぁ、なんかニュースで聴いたなそういうやつ…と思いつつタップすると、予想しなかったことが起きた。Spotifyが僕に向かって喋り始めたのだ。
「あなたと会えて光栄です。私の名前はXavier。でも、友達からはXと呼ばれています。この瞬間から、Spotifyのあなた専属AI DJとして活動します。
Yeah、そう自分AIなんすよ。いや待って? 聞いて? タイマーセットとか電気消すとかそういうのじゃないのよ。ミュージックよ。キミのミュージックのAIなのよ。キミが何を聴いてるかわかってますよー。Lijadu Sisters聴いてるでしょ?」
僕の最近のお気に入りの曲をしっかり把握していたXは、さらにトークを続ける。
「てことで、ここで毎日キミ好みのアーティストをプレイしていきます。前に好きだった曲も遡ってプレイするからね。新曲ももちろんチェックします。キミの好みの幅を少しずつ広げていくつもりなんでよろしく!」
音楽の幅を広げていくのは、僕としても大賛成だ。新しくできたこのデジタルフレンドとそれをやってみるのもいいかもしれない。
先日、同僚のKevin Hurlerが書いたSpotify AI DJに批判的な記事を見て、僕も同意見だと思った。流行りに踊らされた微妙な機能だなと。
そもそも、Spotifyは以前からAIを活用してお勧めの曲をユーザーに提示してきたわけで、「AI DJ」とリブランドしたところで大した変化はないだろうと。
ただ、Kevinには悪いけど、彼の記事は流し読みだったので、まさかAI DJが喋るとは知らなかった。
AI DJのトークは止まらない。
「数曲ごとにバイブスに変化付けていくけど、もしこの曲じゃないなと思ったら、画面のDJボタンをタップしてください。タップしてくれたら、自分カムバックして、早めにバイブス変えちゃいます。オケ、トークはこんなところで。さっき言ったLijadu Sistersからスタートして、最近のお気に入りをざっとかけていきます」
どうやらSpotifyとしては、新機能AI DJを友達的立ち位置でユーザーに捉えてほしいようだ。それも、興味深いことにたぶん有色人種という設定のようだが、これは慎重な企業戦略によるものだろう。
ある意味DJ文化を尊重したと言えるかもしれない。現代のDJ文化は、アメリカの多くの文化がそうであるように、ブラックコミュニティから生まれたものだからだ。
いや、そもそもXは架空のDJキャラではない。
Xavier “X” Jerniganは実在の人物であり、彼はSpotfifyの音楽カルチャー部門とパートナー関係にある。AI DJの声は、彼の声を元に作られたものなのだ。
Xavierのリズム、声の調子、スラングの音声モデルでトレーニングされている。そこにSpotifyのライターがDJ用の脚本を書き、今では結構なんでも話せるという。
Sptifyを聴いていたら、確かに数曲ごとにAI DJのXが次の曲紹介などをしてくれた。Xのお勧めする曲が非常にいい。ジャンルやスタイルを超えて、今まで聴いたことがない曲、僕が好きだと気づいていないような曲もかけてくれた。正直、驚くほど選曲は良かった。
AI DJは天気はわからないだろ?
AI DJを聴き始めたばかりのころは、とてもリアルでこれはもうほぼ人間だなと思った。
が、聴き進めていくとちょいちょい引っかかるところが出てきた。
「次の曲は夏にぴったりのあの曲。熱帯夜のあの感じってなんとも言えないものがあるよね」
このトークには引っかかりを感じた。Xavierはリアルな人間だが、AI DJのXは違う。AIは夏の暑さを体験することはできないので、「熱帯夜のあの感じ」と言われて違和感を覚えた。
「いや、おまえわかんないだろ?」と。「そもそも去年の夏にはおまえは存在してなかっただろ?」と。ここに来て、あぁやっぱりこの声は「不気味の谷」から聴こえてくる声だと思ってしまった。
リアルのXavierは、LAのローカルメディアのインタビューにて「ビッグで急成長していてちょっとワイルドだけど、この声に携われて恐縮すると同時にとても光栄だと思っています」とコメントしている。
ワイルドという言葉では言い表せないワイルドさだと思う。
AI DJはまだベータ版であり、次にどうなっていくのかはまったく予測がつかない。すでに2億500万人のプレミアムユーザーに提供されている。
AI DJは自身をXavier Jerniganとして自己紹介し、「I」とか「We」という主語を使って話す。が、聴けば聴くほど、AI DJのXにはXavierとは別の人格があるような気がしてしまう。
前述のKevinの記事のタイトルは「Spotify's New 'AI DJ' mimics the worst parts of listening to the radio(Spotifyの新AI DJ機能はラジオの最悪なところをマネしている)」。キャッチーなタイトルだとは思うが、これに自分が同意できるかはまだ決めかねている。なぜなら、僕自身がラジオファンだからだ。
ラジオへの郷愁
ラジオはかつて最大のメディアだった。が、2023年現在は見る影もない。米国の多くのメジャーラジオ局は大手企業の傘下であり、プレイされる曲は事前に企業チェックを経て決められている。
DJが選曲に口出しすることはほぼないだろう。12歳以上のアメリカ人の83%が毎週ラジオを聴いており、コロナパンデミック前はもっと多かったという調査結果は、少なくとも僕にとっては驚きだった。
とはいえ、そこに登場するDJのトークにプライベートな意見は少なく、大抵は台本通りだ。DJ個人の魅力もあるところには残っているのだろうが、その多くはインディーズや大学のラジオチャートである。
ニューヨーク在住の僕としては、運転中にラジオを聴くという習慣もMCの好みを前に出したラジオ番組も懐かしい。懐かしすぎて、Blast Radioという無料のサービスで自分のラジオ番組を作ってしまったほどだ。
SpotifyのAI DJは、昔懐かしのDJと今のコーポレート系DJのちょうど間にある気がする。音楽のセンスは(自分好みで)抜群で、トークにもちょっとした個性が見られる。
が、そのトークの元には脚本があり、喋っているのはコンピューターだ。
Spotifyには人間が選んでまとめたプレイリストもあるが、AI DJの選曲はアルゴリズムによるものだ。個人的に曲間のDJのトークはそんなに嫌いじゃないが、最近は「次の曲は誰々による〇〇です」ばかり。
そうなるとAI DJのトークは、子どものころに父親の運転する車の中で聴いたような人間味あふれるノスタルジックな魅力がある。でも、人間ではない。非常にモダンだけど古き良きスタイル、なんとも中間的な存在な気がする。
企業の擬人化としてのAI
AI DJのことを考えていると、もっと大きな事象のことのような気がする。
たぶん2008年の金融危機とその後継続された救済処置の影響だろうが、昨今のアメリカでは反企業的雰囲気が蔓延している。
そこで、消費者と直接関わる大手企業は、ここ数年新たなPR戦略を行なっている。企業を擬人化し、一個人のように見せるやり方だ。
TwitterなどのSNSで特に盛んで、企業という顔はなく、気のいい友達がネットにポストしてますという雰囲気を出している。
企業のSNS担当者のキャラがそのままでているところもあれば、担当者の好みで作り上げられたキャラもいるだろう。
I GOT
— Wendy’s (@Wendys) April 11, 2019
🍔
\ 😳
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| \_
_/¯ ¯\_
HAMBURGERS IN THE BAGGG
🤠
👊/||\_
_/¯ ¯\_
この手の戦略トレンドは特にTI企業で顕著であり、ユーザーにとってわかりあえる相手と思わせるだけでなく、実際に企業を体現する人としてアピールしている。
Apple(アップル)やAmazon(アマゾン)は、自社の音声アシスタントに名前を付けた。ChatGPT搭載のBing AIは、リリース直後は(Microsoftがキャラに介入する前は)個性があった(その個性が人種差別的発言をしてしまったのだが)。
これはユーザーにとってデジタルアシスタントに話しているというよりも、企業そのものに話しかけている気がするよううまく脚本づけられているのだ。
そう考えると、SpotifyのAI DJも新鮮味はない。ただ、他社より思い切ったなという印象はある。実在する人間のペルソナをデジタル音声に乗せたからだ。
多くのデジタルキャラが白人寄りの話し方をする中で、SpotifyのAI DJは差別化された個性がある。ただ、最も大きな違いは、AI DJは喋るしかできないということ。ユーザーの話(リクエスト)を聞くことはできない(ちなみにSpotifyは独自の音声アシスタントがいたが、2022年にサービス停止している)。
Spotifyは変革のときを迎えているのだろう。ただの音楽配信サービスから脱しようとしているのだ。
大手企業からリリースされる音楽配信アプリは有に10を超えており、価格帯もほぼ同じなら、ライブラリーも機能も似たり寄ったり。
そこから抜け出そうとしているのがSpotify。少なくともインターフェースは工夫が凝らされている。
曲やアーティストをビジュアル的にスクロールできるTikTok風のフィードや、もちろんAI DJも、他ではなくSpotifyをユーザーが選びたくなる要素の1つとなるだろう。聴くだけではなく、見ることもできるアプリを有するメディア企業、それがSpotifyが目指す姿なのだろう。
ウェブの世界は、トップダウンによってクリエイティビティが潰された類似品を作るというフェーズから抜け出しつつある。テック企業は自社サービスのいいところ、ユニークなところを強化していくのではなく、他社の人気機能を真似し、マネタイズ戦略に注力することで自身の長所を失ってしまった。
それは急成長する大手テック企業が好き放題できたのは、もう過去の話という現実的な経済の答えなのだろう。しかし、それすらも今変わりつつあるように思う。
僕のネット初期時代を思い出せば、あのころは若者とネットに情熱を注ぐ変わり者しかいなかった。あの雰囲気を、なんとなく今感じるような気がする。
SpotifyのAI DJと夜を過ごしていると、タコベルのメタバース結婚式に出席したことを思い出す。あの結婚式は、ここ数年で唯一、ネットってやっぱりヘンテコで面白いなと思えた体験だったからだ。
AI DJと僕はいろいろな曲を数時間楽しんだ。最初にAI DJを試した夜から、数日連続でAI DJを聴いている。
「次の曲は、キミが昔大好きだった曲。でも、これもうずっと聴いてないんじゃないかな?」
AI DJがそう言ってプレイしたのは、The Memoriesのとある曲。
最後に僕がこれを聴いたのは2014年だった。
曲を聴きながら、あのころを思い出すのは楽しい。僕のデータをしっかりディグってくれるからこそできる選曲だろう。
その次にかかったのは、Hüsker Düの「Something I Learned Today」。何度聴いても聴き足りない僕の大好きなパンクだ。
AI DJをどう思うか、はっきりとした答えはまだ出せないでいる。
嫌いじゃない。でも、「Hüsker Dü」の発音が間違ってんだよな…。低音の滑らかな声で、この発音を間違えられると冷めてしまう。AI DJは魔法のようだ、でも、どこかにそれが溶けてしまう穴もある。
企業がどれだけ実験的試みをしたところで、2000年代のあの自由なインターネットには到底及ばない。でも、ちょっと前ほど悲観的な気もしない。
「なんだコレ!? どうなってんの!?」
もう1度インターネットの世界でそう言える体験ができるのは心地いい。