ニューヨークがハリケーン「サンディ」に襲われてから10年余り、救急救命室が浸水被害に遭ったブルックリンの旧コニーアイランド病院が、ハリケーンなど気象災害への対策を講じた病院として生まれ変わります。
完成間近の新病院ルース・ベイダー・ギンズバーグ病院は、サウス・ブルックリン・ヘルスの医療キャンパスの一角に建つ、フェンスに囲まれている11階建てのビルです。
2012年のスーパーストームの被害が甚大だったブライトン・ビーチから徒歩20分ほどの立地にあり、市内に公立病院が建つのは1982年以来となります。
2012年10月、ハリケーン「サンディ」は隣接する3州で猛威を振るい、特にサウス・ブルックリンに大きな被害をもたらしました。
ハロウィンの直前にやってきて数百万世帯の停電、ニューヨーク市の17%に及ぶ水害、地下鉄全線の運休を引き起こしたのです。
サンディによって14フィートの高潮が沿岸地域を襲い、ニューヨーク州、ニュージャージー州、コネチカット州で72名が亡くなりました。
ハリケーン直撃の夜
同病院の最高医療責任者Terence Brady氏は、嵐がニューヨーク市にやってきた夜のことを語ってくれました。
職員たちは数日前からサンディが沿岸部に向かいつつあると把握していたので、重体の患者を別の病院に移送していたと説明。
市内の別の病院に移された患者もいれば、遠く離れたウェストチェスター郡の病院へと移された患者もいました。
嵐がニューヨーク地区に上陸したのは10月29日のこと。その夕方は当初、洪水なんて見られなかったので、Brady氏は壊滅的な被害を起こさず通りすぎてくれたらと願っていました。
しかしその後、病院に面したオーシャン・パークウェイが徐々に冠水。水は救急救命室へと勢いよく流れ込みました。
Brady氏は回想します。
海水がドアから入り込んできた。すべてのドアからです。おそらく水位は1フィート半(約46cm)ほどでした。
すべてのドアを閉めていましたが、水は閉じたドアやその下の隙間から入ってきていました。
病院の地下には電力設備が設置されていましたが、洪水はそこにも流入していったのです。
1階が水浸しになって一時間ほど経過したころ、建物は停電。「手を前に出しても、何も見えなかった。とても怖かったですね」と同氏は語っていました。

水位が上がっていったので、病院は安全措置として発電機の停止を決断。
そのため医療スタッフは懐中電灯の光を頼りに患者の治療を行ない、コンピューターシステムのダウン中は紙にメモを取っていました。
発電機はその数時間後に復活しています。
その夜はさらに、煙の臭いがしたことからあわや院内で火災かと恐れる事態も発生。
実は燃えていたのは駐車場にあった車で、患者たちが危険にさらされることはありませんでした。Brady氏は誇らしげに「誰一人として人命を失わずに済みました」とコメント。
それでも最終的にはウォークイン患者がやってきていました。実際、ロビーにボートで運ばれてきた患者を受けましたね。
と同病院のDaniel Collins施設長は振り返っています。
最先端の病院へと生まれ変わる
新たな救急科は1階ではなく2階に設けられたので、今後は洪水が発生してもそこまで届くことはないはずです。
駐車場を囲む4フィート(約122cm)のコンクリート壁は、医療施設を“500年級の洪水”から防御するためのもの。
つまり病院は500年に一度(たった0.2%)発生する可能性のある激しい洪水から守られるということです。

再建されたルース・ベイダー・ギンズバーグ病院は、異常気象を想定した設計を取り入れています。
前述のとおり救急科は2階にあって、救急車は同フロアまで上がるコンクリートの傾斜路から同科に出入りできるように。非常用発電機、給水システム、暖房装置は5階に格納されました。
これで大きな高潮と洪水を前にしても、停電せずに済むようになるでしょう。
この病院を有するNYC ヘルス + ホスピタルズ / サウス・ブルックリン・ヘルスはシープスヘッド・ベイの端、ブライトン・ビーチ地域の北に位置するので、今後も洪水の影響を受けやすい地域であることには変わりません。
将来的な洪水リスクの評価に使われるオンラインツールRisk Factorによれば、今後30年間において同地域は中程度の危険性、つまり「洪水はこの地域の日常生活に影響を及ぼす可能性がある」のです。
同病院が生まれ変わるにあたって、院内には必要なアップグレードが施されました。
新たな救急科は2階に設けるだけでなく面積も拡大。最新のテクノロジーが備わったオペ室は増え、ロボット支援手術に入院透析といった設備も有します。
2023年上半期の開院時には、ビヘイビアヘルス用のベッド60床やICUベッド80床を収容。
海というテーマに合わせて壁はライトブルーとグリーンに塗装されており、高層階の大きな窓からはブルックリン区とマンハッタンの景色を見渡せるそう。

Brady氏は「気候変動がありますから、あと何回凍えることがあるかは分からないですけど」としながらも、「当院は最先端の病院になります。ですから熱波、病気、寒波の間も人々を看病する能力を持てるのです」と述べていました。
アメリカ海洋大気庁(NOAA)の予測によると、2050年までに米国の沿岸部の海面は1フィートほど(約30cm)上昇するそう。
ニューヨークのようにインフラの浸水に見舞われたことのある沿岸の都市はいっそう被害に遭いやすくなるばかりで、そうなると住民は豪雨時や直後に救急サービスにアクセスしにくくなってしまいます。
異常気象はますます増えていくので、他の医療施設もルース・ベイダー・ギンズバーグ病院の設計を参考にする必要性がありそうです。
Source: NYC Health + Hospitals(1, 2), NBC New York, New York Times, Bklyner, New York City government, U.S. Climate Resilience Toolkit,